招待状

これから話すのは、遥か遠い、昔の話。
古代の王家ハイリアードに生まれた2人が紡ぐ、ちょっとだけ悲しい話。
君の生まれと、君に与えられるものの、はじまりの物語。




元より古代魔術が栄えた、臨海都市ハイルベル。
都市といえど立派な国で、人口こそあまり多くありませんでしたが、
魔術の聖地として、それはそれは賑わっていました。
自然も人々も豊かなその国は大陸の北端にあり、海にも面していました。
海と陸。両方からの恩恵を受け、偉大な王のもと、日々を過ごしていたそうです。

ハイルベルには『王位の継承権は女性にのみ与えられる』というしきたりがあり、
王家に生まれた男性は皆、各々の好きな道を歩んでいきました。

ある者はハイルベルにない科学技術を求めて。
ある者は世界を求め海を越えて。
ある者は人々を救いたいと冒険者に。

中には、「王国に一生を捧げる」と軍隊入りをした変わり者もいたそうです。
1人の国民として生きる事を選んだ人も少なくありません。
それ故ハイルベルには、庶民の中にも王家の直系が数多く紛れ、
その血は現代にまで受け継がれています。

と、前置きはここまでにして。


17代女王リュシアには、3人の子供がいました。
長女クレセナ、長男ラガウス、次女フィルセレナ。
王位を継ぐのは長女であるクレセナと決まっていたので、
下の2人は幼い頃から、冒険者となるための鍛錬を続けていました。

長女クレセナと長男ラガウスの年は近かったのですが、
ラガウスと次女フィルセレナの年の差はかなり大きく、
ラガウスは妹の事を、少し保護者気分で見守っていたそうです。

魔力欠陥という大きな病を抱えた女王リュシアは、53歳で退位しました。
22歳のクレセナが王位を継いだ年、当時19歳だったラガウスと、
12歳だったフィルセレナもまた、それぞれの道を歩み始めました。

出立の日、リュシアが2人に託したものがあります。

ラガウスには、黒の縦笛を。
フィルセレナには、白の横笛を。

『それが貴方たち2人を、それからこの国と、私達家族を繋いでくれるでしょう』
『いざという時には、その笛が貴方たちの代わりになってくれます』
『旅先で見ることになるであろう人々の笑顔を、いつか私に教えてくださいな』

それらは、リュシアの残り少ない魔力で作られた、神器を模したもので。
ある事件が起こるまで、2人は肌身離さず身に着けていたそうです。

その事件は、4年後に起こりました。
大陸の旅も半分を過ぎ、南端の国タウバに2人が滞在していた時の事です。
…ハイルベルと始めとする北部地域に、突如として疫病が発生しました。
元よりハイルベルは冬の寒さが厳しく、民衆の体力も著しく減少します。
その時期に現れた疫病、それからたたみかけるかのような異常気象に、
ハイルベルの海は荒れ、大地は日に日に枯れていきました。

その報を受け取った2人は、急いでハイルベルへ戻りました。
重い病を患った母と、最悪の場合1人取り残されるクレセナを思ってのことでした。

とはいえ2人のいる位置は大陸の最南端。
ラガウスが全力で移動したとしても、相当な時間がかかります。
それに、フィルセレナのことを考えるならもっと時間がかかってしまいます。

悩んだ末、先に口を開いたのはラガウスの方でした。

『俺が先に行く。フィリィは後から追ってこい』
『っ、でもっ!』

最短距離で帰ろうとするなら、2人でも厳しかった森や洞窟、
地下通路や廃都市を通らなければなりません。
フィルセレナの言わんとするところを察したのか、ラガウスは小さく笑って、

『そんなに心配か?ならこうしよう』

フィルセレナの首から白い横笛を外すと、自分の黒い縦笛と取り換えました。

『笛は必ず持ち主の元へ還る。こいつらを信じてやれ』
『・・・もう夜も遅い。さっさと寝た方がいい』

それだけ言うと、先に布団に潜り込んでしまったそうです。
翌朝フィルセレナが目を覚ました時、既に彼の姿はありませんでした。




所々に彼の歩いた面影を見つけながら、彼女は歩き続けました。
確かに彼の辿った軌跡はあれど、彼に追い付くことは叶いませんでしたが。

何日経ったのか、もしかしたら年単位なのかもわからずに、
ただひたすらに故郷を目指しました。


・・・・・・。
ですが、遅かったのです。


彼女がハイルベルに着いた頃・・・いえ、最早ハイルベルですらありませんでした。
あちらこちらに黒い煙が立ち上り、地面には炎と血の川が流れ、
豊かな緑は姿を消し、ハイリアード家の象徴であった旗が、
ぼろ雑巾のようになってあちらこちらにたなびいていました。

不作による飢饉と原因不明の病。
土地や食料がきっかけの小さないさかいが、やがて大きな争いへ。
国すらも巻き込み、誰も何も手に残らない最悪の時代を創り上げて。

誰もが平和を望み、豊かな生活を望んだ結果が、
なによりも平和から遠く、豊かさに相反する今を導いた。

愛した故郷の変わり果てた姿に、彼女は数日、そこから動けませんでした。
それでもどうにか立ち上がり、彼女は城を目指します。

…しかし、母も姉も、既に帰らぬ人となっていました。
城に残った幼い従者らしき人物に全てを聞かされた彼女は、
首元に下げた黒い縦笛をぎゅっと握りしめて、決して涙は見せませんでした。

荒れ果てた市街地だった場所に座り込んだ数日間で、
彼女はある事に気が付いていたのです。

ラガウスは確かにこの国へ帰り、彼がやるべきことを全てやった事。
周辺に残る、確かに彼のものである魔力が、そう告げていました。

ただ、その後彼がどこへ向かったのか、
生きているのか死んでいるのかさえも、彼女には知り得ないことでした。


フィルセレナは王にはなりませんでした。
幼い従者を王にたて、残ったほんの少しの民に彼女は告げました。

『ハイリアード直系の権限を以て、ここに宣言します』
『王位継承権の性別制限、踏襲制の政治を廃止すること』

それから。覚悟を決めた王家の顔で、彼女は続けました。

『この身を以て、王家が起こした過ちの償いを』
『王家ハイリアードの終止符は、私が打ちます』




ラガウスが道中を比較的通りやすくしていたおかげで、
彼女の魔力はそこそこ多く残っていました。

母リュシアの血を色濃く受け継いだ彼女は、
その魔力量と性質も母譲りでした。

枯れ果てた魔力と結び付き、聖の力を呼び起こす。
ハイルベルに伝わる古代魔術に適した力。

彼女の体が宿す魔力を荒れ果てた地面に溶かし込めば、
確かにハイルベルは元の緑を取り戻すでしょう。
淀んだ空気も枯れ果てた大地も、王家由来の魔力量であれば可能です。

ですが魔力を失った彼女は、その姿を保てなくなり、
死ぬことすらできずに、思念として在り続けることになります。

それでも、彼女に迷いはありませんでした。




ああ、でも。
もし神様が本当にいて、もし願いを叶えてくれるなら。



『双つの笛を、どうかめぐり合わせてください―――』




おしまい。
今もハイリアードでずっと読まれている昔話さ。
そうそう、今のハイリアードって名前は、この時の王家から来てるんだよ。

この昔話は、発見された王女フィルセレナの手記を元に作られていてね。
…つまりはほんとの話さ。

さて、長い説明だったね。もしかすると嫌われてしまったかな?
それじゃあ最後に、僕から君への贈り物だ。
…僕、というか、王女フィルセレナから、が正しいんだけどね。

古代のラガウスとフィルセレナのように、君にも出会うべき人が存在する。
それは恋人かもしれないし、相棒かもしれない。
実は君の家族だったなんてこともあるし、
おじいちゃんおばあちゃんになってから出会うかもしれない。

でも、どこかに必ず、君の相方がいる。
それを探しにいくもよし、ただ静かに待ち続けるもよし。

けど、必ず出会うよ。約束できる。


『それが、僕と王女の願いだからね』


―――――



貴方の手には、一つの笛。
貴方の未来には、まだ顔も知らぬ相方が、待っている。



―――――



ああ、僕の名前?
リュシュトー。気軽にリシュって呼んでよ。
僕に聞いてくれれば、この大陸に住む人がだいたいどんな人で、
だいたいどういう事をしているのか、ぐらいは説明できるよ。
話しかけてくれればいつでも答えるし、…まあ、ここから動けないし
精神感応での受け答えになるとは思うけどね。

そうだ、君の相方については僕も分からない。
それは君自身と、その笛に聞いてくれ。

それじゃあ、また聞きたいことがあったらいつでも聞いてよね。



    ――――初代ハイリアード国王:リュシュトー

  • 最終更新:2016-09-20 21:28:58

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